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「ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい」(クリスティン・バーネット著、永峯涼訳、角川書店)を読んで。 [読書感想]

 この本の原題は、"THE SPARK - a mother's story of NUTURING GENIUS" (きらめき: 天才を育てる一人の母親の物語)。 
 つまり、この本は、一人の母親(クリスティン)が、自閉症であり天才児でもある長男(ジェイコブ・バーネット、愛称ジェイク)と家族、周囲の人々との様々な関わり合いについて書いた実話です(日本語の題名は、ジェイク少年の数式にかける熱情をタイトルにしたもののようです)。

 本の内容を一言で言うと、全く原題どおりです。
 闇の中に輝いた息子の一瞬のスパーク(きらめき)を見逃さず、母親としての直感と情熱と実行力とヒューモアで、あまたの難局を乗り切って、自閉症とともに潜在していた息子の天才性を輝かせ、開花させていく実話です。

 本文の冒頭は、深い絶望から始まります。特別支援クラスの先生から、ジェイク(当時3歳)の大好きなアルファベッドカードを持ってこさせることは無意味である、つまりジェイクは決して字を読めるようにはならないであろうということを宣告されてしまいます。プロからそう伝えられて、深い絶望を感じない親はいないでしょう。クリスティンもそうでした。
 ただ、彼女が、普通の親と違うのは、ここからです。彼女は、息子がこのまま特別支援クラスを続けていてはだめになってしまうと直感して、その直感を信じて、自分自身で息子の教育をすること、彼の可能性をフルに引き出すために必要なことは何だってやろうということを決心して、実行していくのです。ジェイク少年の大好きなことを邪魔せず、応援し続けるのです。普通の子供達と同じような遊びやスポーツの楽しみも伝えながら。

 読み進むごとに、このジェイク少年への重度の自閉症の診断に加え、著者本人の脳卒中、次男の先天病、夫の一時失踪、失業と深刻な生活苦・・、あらゆる難局が訪れますが、その度ごとに、バイタリティーあふれるユニークな方法で乗り切っていきます。それは、まるでジェットコースターに乗っているかのように、絶望と希望が交代する展開で、非常に面白く、やはり一気に読んでしまいました。

 読み終えて、最も強く感じたのは、やっぱり、著者の母親としての逞しさ・力強さでしたが、そのプロセスや成果は、現行の学校教育や特別支援教育の進め方に対する強烈なアンチテーゼにもなっているように思われました。
 

 それにしても、ジェイク少年の天才ぶりは、桁外れのようです。
 本の最後のほうで、自閉症と天才児について研究をされている女性科学者(ジョアン・ルースサッツ博士)が、ジェイクの知能に関する試験を終えた後、目に涙を浮かべながらクリスティンの方を振り返るシーンがあります。ジェイク少年は複数のカテゴリーで、テストの領域外に達していて、特に作業記憶容量や視空間能力の高さが衝撃的だったようです。
 ジェイク少年は、これらの能力に、創造性、極度の集中力が組み合わさることによって、普通の人達にはイメージできない、数式上の多次元の領域が具体的に見えるらしいのです。
 それは、一体どういう世界なのでしょうか? 想像するだけで、ワクワクします。

 この本の魅力は、力強さだけではありません。
 極めて美しく深い内容が、随所にちりばめられているのです。
 
 二つ、抜粋してみましょう。

 一つは、ジェロードという11歳になる重度の自閉症児についての1シーンです。
 多くの医師から決して話すようにはならないと告げられた、この少年が、母親(レイチェル)とともにクリスティンのもとを訪れました。

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 ・・・セッションの終わりに、わたしは言いました。「よく聞いてね、ジェロード。これからとっても大事なことをしてほしいの。どんな発音になっても構わないわ。これから書く言葉を、いっしょに声に出して読みましょう。」床に散らばったカードを集めてきて、必要な文字を選び出しました。そして「ママ大好き(I love you Mom)」と掲示板に綴ったのです。
・・・そしてジェロードとわたしはーあのときのレイチェルの衝撃を受けた表情を思い出すたび、今も泣けてきますー掲示板の言葉を読み上げたのです。・・・

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 もう一つは、本の半ばほどに書かれている、ジェイク少年の凄まじい能力と創造性に気づき始めた著者の考察です。

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 ・・・・ジェイクは自閉症で、だれともコミュニケーションがとれなかったがゆえに、やりたいことに打ち込む時間と場所が与えられました。自分の中に引きこもり、誰も手が届かなかったからこそ、他の子どもとくらべて好きなことを好きなだけやる時間があったのです。光と影、角度と容積、宇宙空間での物体の動き方。ジェイクが何かを学べるようになるとは誰も思わなかったので、学ぶ方法を教える人は誰もいなかった。こうして、自閉症によって、ジェイクは世にもめずらしい才能を伸ばすことになったのです。
 わたしたちは、自閉症児を失われた子どもたちだと考えがちです。治療しなければならない存在だと考えてしまいます。でも、自閉症児を治療するということは、科学や芸術を「治療」することに等しいのです。
 子どもが自分の世界から出てくるのを期待するのではなく、こちらから子どもの世界に入っていくようにすれば、明るい道がひらけると、わたしは「リトル・ライト」の親御さんたちにいつも言っています。みずからが子どもとのかけ橋になり、彼らが見ているものを見ることができれば、彼らを連れ戻すことができる。
 ジェイクのケースでは、星や宇宙が、わたしがずっと追い求めていた、息子へとつながる道筋を示してくれました。天文台に通うようになるまで、わたしは天文学にはあまり興味がありませんでした。でもジェイクが自分の目を通して見た世界をわたしに見せてくれるようになって、そのすばらしさを知りました。・・・・

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 前者は、心が震えるとても感動的なシーンです。

 そして、後者は、自閉症に留まらず、ヒトの教育や学問、芸術、病気、医療というものの根幹に関わる実に衝撃的な恐るべき考察です。闇(病み)こそ、光(天才性)をまばゆく輝かせる必須条件ということでしょうか。
 これを書いたクリスティン本人が、自分をごく普通の一主婦と思っているのですから、可笑しい限りです。彼女もまた、驚異の直観力、イメージ力と考察力を併せ持つ稀有な女性であることは間違いありません。

 この本は、一人の母親と天才・自閉症児と家族と周囲の人々との、ヒューマニズムあふれる闘いと希望と愛情を記した、衝撃の一冊です。

 迷いましたが・・、最後に、インターネット上でオープンアクセスになっている一つの論文をリンクします(この本にでてくるルースサッツ博士による論文です)。
 すぐに気づかれることかとは思いますが、とりあえず、ここは黙っておきましょう。

 それにしても、ヒトとは、一体、どこまで深い可能性を秘めた生き物なのでしょう?

 著者の子ども達が、いつか、私の愛する分野にも関わる日が来ることが、とても楽しみなような、恐いような・・・(><)。

 論文( Ruthsatz, J., & Urbach, J. B. (2012) Intelligence, 40, 419-426.

ぼくは数式で.JPG 
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